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<ARENA 新生活特集>中田有紀×品田英雄【前編】
新しいことを始めれば、自分の世界が広がる
 もうすぐ4月。職場や学校、住まいなどが変わる季節だ。人生の節目ともいえる新しい生活をどうスタートさせるかがその後の人生に大きな意味を持つ。アナウンサーとしての確かな実力に加え、その美貌とクールなSキャラで芸域を広げる中田有紀さんは今年でアナウンサー生活10年を迎える。創刊10周年となる「日経エンタテインメント!」の初代編集長(現・編集委員)の品田英雄が、中田アナのこれまでの「新生活」について聞く。

 中田有紀さんといえば、今大人気のフリーキャスターが所属する「セントフォース」の一員。日本テレビ「Oha!4」などでキャスターとして活躍する一方で、フジテレビ「考えるヒト」でダウンタウンの鋭い突っ込みを冷静にかわしたり、NHK「サラリーマンNEO」では決して謝らない受付嬢を演じるなど、活躍の場や芸域を広げてきました。こんな中田さんは、かつてローカル局のアナウンサーとしてキャリアをスタートし、何度かの転機を経験しながらも、そのたびに新しい環境と積極的に向き合いながら10年を積み重ねることで、仕事の幅を広げて今日のポジションを確立したようです。

日本テレビ「Oha!4」に出演中の中田有紀さん
中田さんのアナウンサーとしてのスタートは青森放送。初めて青森へ行ったときはどうでした?
実は母が青森出身なので。祖母や親戚もいて。逆にお婆ちゃん孝行ができてよかったなと。
じゃ、青森に行く不安はなかったわけだ。新入社員としての新生活で思い出に残っていることは?
実は、入社した年は、アナウンサーの新入社員が私ひとりでした。だから、新人研修といっても、放送局の屋上で、ひとりで発声練習をすることも多かったんです。新人時代のことを思い出すと、青森の広い空がオーバーラップしてきますね。
アナウンサー・デビューしてから、辛かったことはありました?
最初は緊張して声も上ずったり。もうマイクの前に立ちたくないって思ったこともあります。うまくできなくて、それでもやらなくちゃいけなくて……。自分のふがいなさにヘコんだことはありますね。周りはみんな優しくしてくれるのに、そのみんなの期待に応えられない自分が悔しくて。ひとり篭って練習したりしましたね。
青森放送時代の中田さん
見かけによらず、結構頑張るタイプなんですね。どの辺りで仕事に手ごたえを感じてきましたか。
初めのうちは、来た仕事をあまり楽しんでできなくて、こなすことで精一杯でした。でも1年、2年経つと、番組のスタッフとも仲良くなって、雰囲気もよくなってきて。その頃から、喋っていて自分が楽しいなと思ったとき、聞いている人にもその楽しさが伝わるのかなと感じるようになりましたね。
東京での新生活は、いきなりのオーディションから
中田有紀さん
そんな充実した青森生活から東京に行こうと思った理由は?
そうですね。地方の放送局の場合、どうしてもやることが同じになってきてしまうんですね。仕事はとても楽しかったんですが、もう少し違うことにもチャレンジしてみたいなと思って。それで、東京に戻ってオーディションを受け、運良く日本テレビのナイトリーニュース24が決まったんです。
じゃ、順風満帆だ。
いえいえ、落ちたものもありますよ。入社試験からして、キー局、準キー局を受けて、地方局ですから。いっぱい落ちてます(笑)。でも、慣れて自信を持っていられれば、うまくできるようになるから、やはり、どれだけ多くのことに触れているかは大事ですよね。
品田英雄さん
青森放送時代の経験が自信につながってる?
そうですね。青森では、電話取材したり、調べたり、取材後には三脚たたむの手伝ったり、何でも自分でやっていたんです。でもこっちに来てから、分からないことを調べるのも、マイクをつけるのも、何でも周りの誰かがやってくれようとするんですね。そういう習慣なのかもしれないですが、その分、青森で何でも自分でやる経験をできてよかったなと思ってます。調べ物も、自分でやらないと覚えないですからね。
新しいことを始めて得られるもの
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